3年生になって講義替えがあり、主人とはおんなじ講義にならなかった。

それまで唯一の保ち戯言だった心臓疾病であるという筋道の戯言が使えなくなった主人は、急に口数が早くなった。前に住んでいた福岡県内がこちらと違ってどれほど地元かということを笑い話にしてみたところで、それは誰の人気を退くこともできなかった。われわれのほとんどは出生も発育も東京のすぐそばで、それでも都民ではない結果、地元よりもたえず都内に憧れを抱いていた。その証拠に、休日開けに週末は両親に連れられ大都市の無名へ行ってきたという話をする人の辺りには人が集まった。

 誰にも打ち明けられなくなった主人と、メンテの組織が同じになった状態、わたしはやっと主人に話し掛けた。

「心臓疾病って本当なの?」

「事実だよ」

 箒を持ちながらのそのお喋りは一事柄一答で終わった。でも主人は心なしか嬉しそうに見えた。

 その後もわたしは、主人が同級生たちの至急初々しい天王山機を買ってもらって又もや一時的な看板になったり、主流が退くように引いて言う人の中で残る天王山好きな人たちと数人のジャンルを形成したりという、講義での主人の不安定な乗りところを見晴らし続けた。

 秋の遠足の状態、心臓の腹黒い主人は途中から担任の女子の教員に負ぶわれ、青白い外見を益々青くしていた。ブレスも荒く、辛みたいだった。誰もがすっと眼を逸らしたが、わたしは見ていた。シースリーの口コミ情報サイト